元女子バレー杉山明美が克服した病気は?起業した現在はコンサルや講演も

こんにちは、ぶろじんです。

今日の話題は元女子バレーボール選手の杉山明美さんについてです。

かつてはVリーグやソウルオリンピックでも活躍されましたが、憶えていらっしゃるでしょうか?

引退されてずいぶんと経ちますが、現在はどうされているのか気になるところです。

現役時代には病気と闘いながらもバレーを続けていたこと、そして社長になった今の情報をまとめてみました。

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元女子バレー杉山明美のプロフィール

名前  :杉山明美(すぎやま あけみ)

生年月日:1965年3月1日

出身地 :神奈川県平塚市

身長  :175㎝ 

血液型 :B型

出身校 :早稲田大学院スポーツ科学部修了

資格  :分子整合栄養医学管理士、分子栄養医学健康指導士
     血液栄養診断士、食育指導士


引用元:http://www.crys-athlete.com/company/index.html

中学時代にバレーボールを始めており、東海大学に在学中に神戸ユニバーシアード大会と関東大学1部春季リーグの優勝を経験しています。

大学卒業後の1987年には日本電気に入社して1年目からレギュラ―として活躍。

第21回全日本バレーボール選抜男女リーグでは、素晴らしいアタック率を誇りスパイク賞を受賞しています。

1988年には全日本に選ばれ、さらにソウルオリンピックにも出場しました。

まさに絶好調と思われていた杉山さんでしたが、これが長く続くことはありませんでした。

1997年にはNECレッドロケッツをVリーグ優勝に導くのですが、このときにはすでに本来の実力が発揮できない状態になっていたようなんです。

杉山明美が克服した病気とは?

この時、杉山さんはある病気にかかっていました。

それが鉄欠乏性貧血で、赤血球の主な原料である鉄分が不足することによって起こる貧血です。

ちょうどこの頃はチームリーダ―として頑張っていた時期でもあり、眠れない日が続き食欲も落ちていたと言います。

きっと精神的な重圧がもの凄かったのではないでしょうか?

心の中には常にトップに立っていなかればならないという責任もあったと思います。

でも病気は非情でした。骨折、足底筋膜炎、亜脱臼、低血糖症などといった症状に悩まされ続けたのです。

病院で処方される薬を飲んで食事を改善しましたが、引退するまで治ることがなかったそうで、しまいには一人でトイレに行けない状態になってしまうのでした。

ここまでくると相当辛かったでしょうね。

ところがあることで病気の原因がわかるのです。それは極度のタン白質の不足や、糖質の摂り過ぎといった栄養バランスの乱れでした。

そして食事や生活習慣の改善によって病状が回復していくのですが、これがきっかけとなり大きな転機を迎えることになります。

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起業した現在はコンサルや講演も

このときに出会ったのが分子整合栄養医学なのだそうです。

これは栄養素を中心にした治療方法で、自然治癒力や免疫力を高めるための栄養素を補ってあげる方法のようです。

杉山さんはご自身の体験から興味を持ち、専門的な勉強をしていくことになります。

また、それと同時に自分のやるべきことが見えてきたと言います。

そのやるべきことと言うのがCAN(Cry’s Athlete Nutrition)を立ち上げて、同じ思いをしている現役の選手を応援することだったようですね。

でも、そんな気持ちを持って実行できるのは、やっぱり根っからのアスリートなんだと思いますよ。

現在はバレーボールの解説や大学でスポーツ栄養学を教えていました。

また、株式会社クリスタル・SUGIYAMA AKEMIの代表として栄養コンサルタント、講演活動もおこなっています。

やっぱり栄養バランスって大切なんですね。つい無頓着になってしまいがちですが、気を付けたいものです。


肉食女子の肌は、なぜきれいなのか? 細胞から整える分子整合栄養医学のすすめ [ 森谷宜朋 ]

まとめ

今回は元バレーボール選手の杉山明美さんについてでした。

ご自分の経験から栄養についてはずいぶんと勉強されたようですし、大学院に通って学ばれた姿勢も立派だと思います。

ここまでして勉強されたのはちゃんと目標があったからでしょう。

そうでなければ楽な方へ流れてしまいますからね。

私もまだまだ先が長い(50年位?)ですから、杉山さんを見習って今の内にやれることを貪欲にやっておこうと思います。

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